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幽体離脱体験日記
神が死ぬなどの、発言は、多くの人の反発を招くことでしょう。
それでも、この、テーマとしたのは、このことをさけて、通ると、
人の死とか、神と人の関係とかが、誤解されたまま、良く見えなく
なるばかりだからです。
本来、神や霊界の存在を肯定する私が、なぜこの様なことを
書くのか、違和感を感じる方も多いと、思います。しかしながら
今まで多くの人が、神や霊界について、特別なものとの印象を
受けて、私たちのありふれた物理の法則や、人の考えの及ばぬ
ものと、最初から決めてかかり、そこから除外して、自分の頭で
考えてみることを拒否し続けたのです。今までいわれてきたことの
全てが本当に正しいのか?私は自分の頭で考えはじめたのです。
ここから、始めてみます。私はこの公平という言葉を、自分も含めてと
理解するのです。もし、自分以外を公平として、自分だけを、その中
から除外し、自分だけを特別扱いするなら、人はそれを不公平と
よぶからです。私でさえ、そう思うのに、神が自分だけ別と考えて
いると思うほうが、不自然です。
以前、「神とは」で、神は意識を持つ、ならば必ずその意識を
表現するための手段を持つはずだ、と述べました。なぜなら
表現手段を持たぬ意識は、何の存在意義も持たないからです
何度も、意識と肉体は相互依存性の存在であると主張してきたのです。
色即是空であると、
そして、その神の意識を表現する手段、つまり我々の肉体にあたる
ものが、宇宙の全物質、言い換えれば、この宇宙全部であると
そして、この宇宙も物質からなる、姿、形を持つものであれば
いつかは消滅すべき運命にあるのです。
姿、形を持つものが、やがては消滅し、死を迎えるという
物理的法則は、私たちの住む宇宙だけに適用されるのでなく
別次元宇宙、言い換えればあの世にも同じく適用されるのです
人はいつのころから、神や霊界を特別扱いして、自分たちの
住む宇宙にだけ、死や苦しみが存在し、あの世にはそんなものは
存在しないのだと、誤解するようになったのでしょうか?
私たちの宇宙も別次元宇宙も同じ物理法則の制約を受け
神でさえ、そこからのがれることは、許されないのです。
だからこそ、自分も含めて公平であると。
何十年も前に聖書を何度も読み直したことがあります。
記憶が定かでないので、間違いがあるかもしれませんが、
神は言います。私はアルパでありオメガである。
一度は死んだが限りなく生き、生と死の鍵をもっている。
私は聖書には、あまり知識がありませんが、この記述が
正しければ、私たちの宇宙より先に死滅した宇宙が、あるのかも
しれません。
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神が死ぬはずなど無いと考える人は、その意識の方をさして
そういうのであって、死の定義をあいまいにした結果の誤解
なのです。人が死ぬと意識まで無くなるとかんがえる人が、
霊体の存在を見落としているのと、全く同じ理由により、神が
死なないと主張する人は、神の肉体の存在を見落としているのです
どちらも、同じ部分を見落としているわけで、実に皮肉です。
死を肉体の死と定義すれば、こんな混乱は起きないはずです。
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奇妙な言い方にきこえるかもしれませんが、神が肉体を持つ
なら、我々と同じく、肉体と霊体の両方持つと考えるのが自然
だと思います。そして、我々は神の肉体の中に存在するのだから
霊界とは、神の霊体のことを意味するのです。
今まで、別次元宇宙と私が呼んでいたものの正体が、実は
神の霊体であるということです。
神が死ぬのに、霊が死なないのは矛盾です。霊にも寿命があり
やはり、いずれ死ぬのです。霊も肉体と同じ物質なのです。
ここでも、形あるものが、いつかは消滅するという、あの世、この世
共通の真理が適用されます。
霊たちは、自分のことを、人間とよぶのです。その構造も私たちと
同じ2重構造です。霊も死後、また別次元宇宙へと旅立つのです
そしてこの話、ネバーエンディングストーリーなのです。
こう見ると、神、霊、人、全て同じシステムにより成立し全く同じ
運命を背負うのです。神とはかように公平な存在であり、自分だけ
物理の法則から逃れることをしないのです。
私たちの表面意識は、たかが、10パーセント程度のものです
90パーセントの潜在意識は、活用が出来ません。
私たちが生まれる前のことを、覚えてないのは、その記憶が
全て潜在意識の側に封印されているからです。
信じてもらえないかも、知れませんが、霊界の霊にも潜在意識
があり、彼らも自分たちの宇宙以外の記憶を持たないのです。
つまり。我々は皆、その宇宙に留まる、短い間のみしか
責任を負わなくて、すむのです。つまり、死は、人間の罪の
時効にあたるわけで、神は死により人の罪を全て無かった
ことにしてくれるわけです。
死を残酷なものである、と考える人は、このようなシステムを
理解していないからです。
もう一つ、潜在意識の意義があります。それは、神の意識も
霊の意識も人間の意識も、全体では、同じ100なのですが、
その上で、霊の意識の50パーセント、人の意識の90パーセント
に蓋をして封印し。その方が、より豊かな発想が生まれるのでは
ないかと、神は考えたのでしょう。
たとえてみれば、大人より子供の方が、より豊かな発想ができるのと
似ています。知識が多くなれば、それだけ、自分で発想する
機会を失うということになります。
彼の霊界探訪記は、あまりにも有名で、私も若い頃に、彼の本
を、読みました。私自身、最初、彼の影響を受け、おかしな幻覚
を見ているのだと、思い込んでました。
しかし、良く考えると、私の意見が、彼のと、180度逆であることに
気付いたのです。
スエーデンボルグは自分の体験を、神秘的体験と捉え、霊界を
特殊な場所と考え、霊界で霊は永遠に生きると、断定したのです
そして輪廻転生論を誤解であると否定しました。
もちろん、キリスト教徒である彼が、これ以外のことは
言えなかっただろうと、思いますが。
私は自分の体験を、ごくありふれた、日常の延長と捉え、
霊界が物質からなる別次元宇宙と解釈し、霊も死ぬと断言
するのです。そして大筋で輪廻転生論を認めるのです。
最初から2番せんじ、と言われるのを覚悟して、あえて
幽体離脱体験日記としました。そうすれば、両者の意見の差が
明確になると考えたのです。
今日はこのへんで、また日記を書きます
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