幽体離脱体験日記

25  最後の日記  お礼

般若心経解説

トップへ
トップへ
戻る
戻る



般若心経

私たちが普段目にする、このお経はお釈迦様の説ではありません

しかし私は日記の中で、これを何回か引用しております。

宇宙の真実をずばりと言い当てている。そう感じるのです。

しかしこのお経、ほとんどが宗教の宣伝としてしか使われて

いないため、その解説書を読んでも全く意味不明となってしまいます。

多くが空の解釈を無であるとか理解するため全体の意味が

掴めなくなるのです。私は極力宗教的見地から離れて実用的な

般若心経の冒頭部分だけ解説を試みたいと思うのです。

基本である空を、宇宙に一つしかない意識と訳しました。



摩訶般若波羅蜜多心経

まかはんにゃはらみたしんぎょう


摩訶とは偉大という意味です。般若は知恵を表します。波羅は到達する

という意味です。蜜多は大変価値あるという意味です


観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時

かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみたじ


観自在菩薩とは以前説明した宇宙の存在を自分の頭で

考える力を持つ皆様のことです。自分を救えるのは自分だけです

しかし修行をせよと言っています。日常生活や禅定のことです。

般若、つまり自分の頭で考え、知恵を使うという修行です


照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子

しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく しゃりし


五蘊は皆空である、五蘊とは人間を構成する要素でこれは

神と人間の共通する意識と相互依存的存在という意味です

そのことに気が付き全ての苦から救うとなります。


色不意空 空不異色 色即是空 空即是色

しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき


何度も説明した部分です。宇宙は全て性質の逆の2つのものの

組み合わせで出きると共に肉体と意識の関係を表します。

そして何度も色と空を入れ替えるのは、どちらも対等という意味です。


受想行識 亦復如是 舎利子

じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ しゃりし


受想行識とは人間のこころを4つに分けています。

受は感覚、想は想念、行は意思、識は意識です

ここでの意識は表面意識のことです。人間の心も色即是空

の原理でなりたつということです。舎利子はお釈迦様の弟子。



是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減

ぜしょうほうくうそう ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん


諸法は空の相である。すべての目に見える現象が意識の

現れです。不生不滅以下は宇宙に一つの意識の説明です。

不垢不浄とはきれいとか、汚いとか評価が出来ないという意味で

個性を持っていないと解釈できます


是故空中無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意

ぜこくうちゅうむしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜっしんい


ここでも空は宇宙にただ一つの意識のことで、意識は本来

人間のもつ感情を持ってないという意味です


この世を見て分かることが全て

私たちは全員が観自在菩薩であります。その役割はこの世を

良く観察することです。この世を見れば、あの世も理解できます。

人間を良く観察し神を知ることが出来ます。私たち全員がこんな

不思議な能力を持つのです。宇宙の全てを知る権利を神が

人間に与えていることに早く気付くべきです。

人は皆この重要な権利を放棄して、なにも考えなくなります。

霊界は私たちの宇宙とは違うから考えるだけ無駄だというのです。

しかし、この日記の最後に言いたいことは、皆自分で考えようでは

ないかというかとです。自分で考えれば宇宙の秘密が全て

理解できるはずです。


行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。

よどみに浮かぶ、うたかたは、かつ消え、かつ結びて

久しくとどまりたる、ためしなし。

方丈記より


皆様方にお礼

長い間私ごとき酔っ払いのおやじにお付き合いいただき本当に

有難う御座いました。おやじはかなり疲れました。慣れない

パソコンをいつもカタコト打ちながら、ここまで来ました。

明日からは、また自分の人生を楽しみたいと思います。大好きな

ビールや毎月一度の霊界旅行、最近おろそかな、禅定、パチンコ

皆様も自分の人生楽しく過ごしてください。しばらく日記は

お休みです。なにかご質問等、御座いましたら掲示板へ。

この広い宇宙の中で皆様と再びお会いできたら素敵だと思います。

もう、日記は書きません。ヨッシーより。

3ヶ月間に及ぶご愛読感謝します