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幽体離脱体験日記
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ここに、一本のマッチ棒があります。燃やしてしまえば、どうなるか?
もちろん、灰になります。しかし、このマッチ棒の中にはエネルギーが
含まれていた事がわかります。なぜなら、マッチ棒が熱を出したからです
この、熱に変換されたエネルギー元は、このマッチ棒の中に閉じ込められて
いたのですが、そのエネルギー、もう灰の中には、残っていません。
これで、実に正しいのですが、だから、エネルギーは無くなった。との考え
は、はたして正しいでしょうか。
エネルギー保存の法則、これを知っていれば、宇宙のエネルギーの
総和は一定のはずですから、まだ、どこかにあるはずです。
空気の中に熱として、乗り移ったエネルギーの量に変化はありません。
ただし、今はE=MC二乗は、考えにいれてません。
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人間が死ぬと、肉体は先ほどのマッチ棒と同じ物質ですから、灰に
なるでしょう。意識は物質ではありませんから、共に灰になったと
考えるのは、間違いでしょう。
前回、意識はエネルギーの一種 (注) と考えたのですが。マッチ棒の
エネルギーは、空気の中に熱に形を変え、乗り移ったのですが、意識は
一見乗り移るべき媒体がないように見えます。
本当にそうでしょうか。
(注) ここでは便宜的説明として意識をエネルギーに例えています。
しかし「宇宙の真実」では意識をエネルギーでも物質でもない
非物質として取り扱います。エネルギーは命令をする力である意識
や重力 DNA をまねて物質が進化したものと考えています
もちろんエネルギーと物質は等価でまったく同じ種類の存在です
この件は混乱を招くので後程説明します。
意識は肉体の存在なしでは、外部に自己を表現できません。
また、意識のない肉体も全く無意味です
意識と肉体は、不可分の関係にあり、2つ合わさり始めて意味を持つ
のです。こういうと、あたかも肉体の死イクオール、意識の消滅。
この考え方が一見、妥当に見えますが。
色は目に見えるもの、すなわち、物質、それに対し、空は目に見えぬ
存在、エネルギーや、意識がこれにあたり、切り離して考えるのは
不可能です。
それでは、マッチ棒の中のエネルギーのように、人間の意識という
エネルギーが乗り換える媒体があるでしょうか。
それが、霊の存在なのです。意識は霊の側に移動しまだエネルギー
として、存在しているのです。
これは、マッチ棒という固体から、空気という気体に熱が移動したのと
大変似ています。固体が灰になったので、それに目を奪われ、目に
見えぬ、空気の存在をすっかり、見落としているのです。
これは、単純なトリックです。
しかも、このトリック、あまりに簡単な種で、すぐに見破れるよう、
わざと、仕組んであるんです。マギー四郎なみのマジック
そして、このトリック、神様が仕組んだものなのです。理由は後ほど。
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こう、考えると、霊とは、別段、特殊なものでなく、単なる肉体の
代用品であることが、分かります。
この考えに至るにつき、私が幽体離脱を起こした状態を、良く
考えてみたのです。
私の意識は、通常、肉体側にあります。幽体離脱を起こすと、意識は
霊の側に移動するのです。そこで、人間の意識が脳などの特定
の場所にあるという考え方が、基本の部分で間違ってないかと。
もし、意識が脳のどこかの、働きによるのなら、幽体離脱を起こそう
としても、私の意識は肉体から、離れることができないからです。
このように、意識は、霊か肉体のどちらか、一つ選んで操縦するのです
私の肉体には、この、霊を貼り付けておくための、霊専用の部屋が
用意されてます。私は、この部屋を霊子ドームと呼びます。私が
霊として、活動するとき、霊視に切り替わるとこれが、部屋のように
見えるのですが、実際は、ドーム状の形をしています。このドーム
ワームホールの一種で、次元のことなる宇宙を結びます。
この、霊子ドームにつき、後日詳しく説明します。
死後、意識が無くなると、主張する人たちは、自分の住む宇宙以外の
存在をみとめようとはしないのです。だから、霊界の存在が見えて
こないのです
ただし、念を押しますが、意識は自己の表現体、肉体や霊体をもたぬ
状態で、単独で存在することは、ありえないのです。
神様は、私たちになぜ、死後の世界を隠そうとするのでしょうか。
今の時点で、こう考えてます。自分が仕組んだトリックの意図を
良く理解してくれと。すなわち、我々は、この世が全てであると、思い
全力で生きねばならぬと。そして、人は皆、他人の死を悲しみ、自分の
死を恐れ、生命の尊さを学ぶのです。
これが、その意図であろうかと、思われます。だからこそ、あの世が
有る、無しに関わり無く、人の命が一番大切。そう、考えます。
また、日記を書きます
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