幽体離脱体験日記

16  天国と地獄

2004年2月21日の日記

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三昧とランナーズハイ

禅定から得られる三昧と、ランナーズハイ、私、このランナーズハイを

若い頃一度だけ体験しました。そして、今考えると、禅定で得られる

喜びの境地、いわゆる三昧と共通の体験であると感じています。

なぜ、肉体を極限まで使う状態と極限まで、使わない状態とが

全く同じ結果となるのでしょうか。医師はこれをどちらも、脳内麻薬が

分泌されるためと説明しています。この脳内麻薬、ベータエンドルフィン

と呼ぶそうですが、モルヒネの数十倍の効果をもつそうです。

戦場で、死にかけた人が全く痛みを感じなかったという話、良く

聞きますよね。おそらくこの脳内麻薬によるものと推測されます。

一見するとマラソンと禅定が逆の行為であるのに、結果が同じという

極めて不思議な現象です。そこで、次のような結論を出したのです。

宇宙の暴走

以前より太古の神は自己の意識を外部にうまく表現できてなかった

のでは、という推理をしていたのですが、現在私たちが目にする

この宇宙は、神の進化の過程のほぼ最終結果を見ていると

考えております。神とは、のところで説明いたしました通り

現在の神はたいへんな働きものです。

夜も眠らず、どこかの宇宙の果てで物質を作り続けるのです。

そして、その生産能力は次第に高まり、ついにはピークを

迎えるのです。その結果、実は本来今まで、神が創り続けた

宇宙に比べ、物質の質量が異常なまでに増え続けだしたのです。

言い換えれば、少ないエネルギーで質量の少ない宇宙を

創造し続けた結果、神の生産能力が飛躍的に向上し、その最後に

異常なまでに質量の大きな宇宙が誕生しはじめたのです。

おそらくは、私たちが生まれる前にいた未来の宇宙では、

もっと質量が大きく、そして、その分寿命が短かったのでは、

と推測するわけで、私たちの未来に位置する宇宙はどうやら

新しいものすなわち外側から順次、崩壊をし始めているようです。

しかしこの宇宙たまねぎの皮のようにむいても、むいても

中身は出てこないのです。

神の体験

そこで私は次のように推理しました。

私たち人間は全て、神の体験したことを体験できるように

設計されていると。そしてここが重要です。神が持つ能力の全てを

私たち人間が持っているという事実です。

前回、夢は私たちの持つ、意識が神と同じように、エネルギーを

物質化するという、極めて特殊な能力の一部と考えたのです。

いわば、私たちの夢も、この宇宙も、同じ原理により成り立つという

良く考えて見れば当たり前と思うような事実です。

私たちは言葉を皆、話します。誰でも出きることに付き、あたりまえと

思い込み、それ以上、深くは考えようとしていないだけです。

つまり、私はこれら全ての人間の能力を、霊的能力と判断するのです。

人間は皆、太古の神の姿を禅定により体験し、現在の神を

ランナーズハイにより、全て体験できるということです。

神の体験できなかったこと

逆に神の立場から人間を見てみると、今まで神の立場で

体験できなかったことを私たちは体験していることになります。

例えば、食事や睡眠や日常の生理現象など、おそらくは神が

今まで体験しなかったであろう、新たな体験と私は捉えております。

神は人類の創世記以来、人間としての新たな冒険のストーリーを

自分の記憶の1ページに加え続けているのです。

太陽は存在するか?

私たちが毎日見ている太陽はいずれは消滅するそうです。

今時、小学生でもその位のこと、知ってるはずです。

しかし、誰でも一度はこんなおかしな話を、聞いたことがあるはずです。

太陽はいずれは消滅する、消滅したあとでは、もはや太陽を観測

できない。ゆえに太陽は存在しないというのです。

このような、議論をしている人たちは存在するという意味を

理解していないのです。存在とはその現象が観測できる間だけ

という前提がつくはずです。なぜならば私たちの宇宙の中にある

存在は100パーセント全てに存在できる期間が定められて

いるはずです。ただ一つの存在を除くという条件がつきますが、

夢は存在しないという意見は私も正しいと思います。

なぜならば議論しているとき、夢という私たちの意識が作り出した

イメージはすでに消えているからです。ただしその人が

夢を見ている間だけ、夢は存在しているはずです。

もし、その時点でも夢は存在していないと主張するのであれば

太陽が消滅したあとに太陽は存在しないと主張するのと

同じ意見を採用していることになるのです。

全知全能とは

神が全知全能であるという言葉だけ聞くと、神が超能力者であるとの

誤った認識を持ってしまいます。

神は超能力者ではないことを確認しておきたいと思います。

太陽は神の作り出すイメージのはずです。

そのことを良く考えてほしいのです。神でさえ自分の作り出した

イメージを一箇所に固定しておくことなど出きはしないはずです。

私がこの日記の冒頭で宣言した、神や霊界を一切、物理の法則から

除外しないという根拠は普通に自分の目で見て確認して

自分の頭で考えようという、ごくあたりまえの宣言なのです。

そして、全知全能を物理の法則の範囲内でと修正しておきます。

天国と地獄
天国への階段

この頃の私は、ある誘惑にかられていた。

自分の前世を知りたいと思うようになっていました。初めて

霊子ドーム内の備品に触れてみることにしたのです。

その中に手がかりがあることを知っていたのです。

2002年2月21日の幽体離脱

睡眠中、黄金色の丸い物体を4つ見た。今日はトランスが来る

そう確信した。夜中の1時頃、1回目のトランスが来た。

トランスの最中、前世の記録を見る決心をした。

目を開けると、部屋の中はカラッポ。いつもの本棚やテレビがない。

それでも部屋の中を探し回っていると、カーテンが生き物のように

動き出し手に噛み付いてきた。身動きが取れない。

数分後2度目のトランスがきた。目を開けるとベッドのわきに

大きな本棚があった。「ヤッター」と思ったが、体がしびれて

起き上がることができない。

3度目のトランス。エネルギーの残量が気になる。

トランスは中断した。この頃の私は幽体離脱が短い時間でしか

経験できないのを、エネルギー切れによるもの、と思い込んでいた。

この時点で、前世のことは完全にあきらめた。

4度目のトランス。天国が見たいと思った。

いつもより長いトランス。光のうずが見えた。目を開けると

窓の外に美しい宮殿が見えた。外の庭は緑の芝生に覆われ

その上にテーブルやパラソルが配置されていた。

セザンヌの絵のような色彩の美しさに驚いた。

建物自体は、中国風とロマネスク風のアレンジのようだ。

外へ出て芝生の上を歩いていると、一人の老人とであった。

髪は白く長く、神様のように見えた。おそらくは、ここの長老だろう。

私は老人に、「自分の前世を知りたいんです」と話した。

<俺もしつこい>

老人は「フッフッフ、随分と難しい話をなさいますなー」

と笑ったが、私を大きなテレビのある部屋に連れて行き

しばらくテレビを見ていたが、すぐに私のことを

羅漢 主作 <ラカン シュサク>の息子と呼んだ。

後から似たような話を、ご報告いたしますが、霊界では

必ず私を、誰々の息子と呼ぶのです。これは、霊界のマナー

なのでしょうか?それにラカン シュサクという名前、いったい

誰のことなのでしょう。

<シュサクは、あるいは朱策かもしれません>

天国の情景

私はそれ以後、何度かここに来て、芝生の上でここの住人と

会話をしました。この人たちの特徴は、私の話を良く聞いて

くれるのです。それと、彼らは他人のためにのみ生きようと

全員決意しているのです。おどろいたことに地獄へも頻繁に

出入りしているというのです。天国と地獄は同一宇宙空間に位置し

お互いに交通手段で交流できる範囲らしいのです。

私が持っていたイメージと随分違います。それとこの点を特に

知ってほしいのですが、彼らは地獄の住人をとても大切に

思っていっるのです。良く宗教関係者が、高級霊とか低級霊とか

いうのを聞きますが、おそらく天国の住人から、おしかりを

受けるはずです。人は皆平等のはずです。霊種差別は良くありません。

地獄の情景

ここでは大変珍しく、貴重な体験をいたしましたので、後日

時間をとり、ゆっくりとお話したいと思います。ここでは簡単に

説明させてもらいます。地獄では、いまだに旧式の貨幣制度が

採用されていて、自分でかせいだ金は1円たりとも他人のために

使う必要はないのです。一攫千金をねらうなら、こちらがお勧めです。

逆に天国とは、働けど、働けどわが暮らし楽にならざる、

じっと手を見る。という世界です。そしてここが重要です。

死後私たちが行く場所は自分で決めてよいのです。

神の約束 永遠の自由

私は、死後人間が一時的に収容される場所、冥界をみて

大変驚いてしまいました。この冥界にはいくつかの役割があり

第一は自分の人生の巻き戻し、その経験から、次にどのような

人生をおくりたいのか、決断をせまられるのです。

つまり、良いことをすれば天国へ行き、悪い事をすれば地獄に

落とされるという話は単なる作り話で、脅迫の一種でしかありません。

この話が本当なら、神の存在を信じない人は、全員地獄行きです。

神の存在を信じるかどうかという、極めて基本的判断も

皆自由にしてよいと神が宣言しているのです。

私たちは宇宙の果てまで、皆自由です。そして、人間が

どのように判断し、何をしでかすか、神にも予測は不可能のはずです。

神がもし私たちの未来を全て知っていて人間を作ったというなら、

私たちは単なるあやつり人形でしかないからです。

それと、一番大きな誤りは天国にたいする、希望的観測です。

もし、天国に行けば楽ができるなどと考える人は、絶対に

天国に行きたいなどと思わないはずです。

おそらく、一生を他人のためのみにささげたいと真剣に思う人は

1万人に1人いれば多いほうでしょう。

私も今の時点で天国に行けるなど夢にも思ってません。

いきたいとも思わないのです。

私はこの日記の最後である提案をするつもりです。

それしか、おそらく、私たちの救われる道がないと考えているからです。

子が親を選ぶ

よく、子は親を選べないという話を聞きます。

これは、間違いです。親に子を選ぶ権利がないというのが

正しいと思います。私たちは全員自分たちの希望によりこの

地球にやってきたのです。そして、驚いたことに親まで、選ばせて

もらえるのです。なんという自由主義でしょう。逆にあきれてしまいます。

そして、なんと、冥界ではどうしても死にたくないとか、

自分の記憶を消されるのはいやだとか、

一見無茶と思える要求まで通ってしまうのです。逆に言えば

物理の法則に反しなければ、どのような要求も認めようというのです。

後日私が冥界で見聞した内容につきご報告いたしますので

それを見て私の話を信じるかどうか、自分で判断してください。

自己幻覚と第3者幻覚

自己幻覚? 第3者幻覚?聞いたことないと思います。

私が勝手に作りました。精神科医は幻覚は全て自分の脳が

作ると考えているはずです。私はここで同じ幻覚や夢にも種類が

あるということを、指摘しておこうと思います。

日記を見ていただけば、私が霊から見せられたイメージを

その場では、現実と受け止めていることが分かると思います。

しかし、そのイメージが消えた後、今のイメージは誰かが提示

したものと始めて認識するわけで、夢を見ていた人が夢から

さめて、自分は、今夢を見ていたと認識できるのは、今のイメージは

自分で提出したイメージであると、識別しているからです。

これは、基本的に自他を見分ける脳の働きと同じと

考えております。

第3者幻覚の最大のものは、神の提示するイメージで、私たちは

このイメージを現実と受け止めているのです。しかし、この話

こんな単純な話ではないのです。のちほど、この宇宙が

脳が勝手に作り出した、幻覚とも受け取れるような、複雑な

メカニズムにつき話をしなければ、ならないのです。

つまり、イメージは複数のイメージが張り重なり成立する場合が

ほとんどだからです。

私たちは、子供の頃夢を見て大変不思議にかんじていたはずです。

でも、これを、パパやママに話すとそれは、夢なのよと

一笑にふされます。子供は大人になるにつれ、夢などは、

つまらぬものであると次第に洗脳されるのです。

この子のパパがフロイトだったら、子供は夢をもっと、重視

するようになったはずですが。

次回予告

光の正体につき話します。光は目に見えるので、物質のはず、

しかし、エネルギーでもあることに間違いないのですが。

それと、光の速度が変化するという、またまたトンデモ理論です。

上記のイメージの重ね合わせにつき説明します。

友人が、猪八戒を目撃したと主張するのです。しかもそいつ

息までしてたそうです。ドラエモンもウルトラマンも実在するのです。

そして、幽体離脱法公開前に、皆様にぜひ準備してほしいことが

あります。

今日はこのへんで、また日記を書きます。

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