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幽体離脱体験日記
意識に付き説明するのは至難の業です。
実はこの話もさけて通るつもりでした。なぜなら今までの私の
説明どおり、潜在意識と表面意識との区分で大きな問題はないと
今でも考えるからです。しかし、これから話す内容が誤解や
混乱を招く恐れがあり、この意識に付き完全なる説明が出来ないと
してもこれを避けては宇宙の真実には迫れないと考えたからです。
もし以下の説明で混乱したかたは再度、死後、表面意識が潜在意識
と交代するという簡単な説明に戻ってください。
私が表面意識と呼ぶものは、脳が作り出した2次的産物です。
なぜかというと私たちの表面意識の正体は記憶だからです。
そして私たちの意識が人格をもつようにみせているのは
記憶が原因です。子供から大人へと見かけ上表面意識が
発達するように見え,単純に脳に記憶がその人の体験として
蓄積されているだけなのです。そしてわたしの個性は全て脳に
よるものなのです。そして人間の死すなわち脳の活動の停止は
表面意識の消滅に繋がるのです。こんな話をすると私は
まるで死後世界の否定論者のようです。しかし表面意識が
潜在意識と入れ替わるという説明がおかしくないのは、
人間の記憶は全て、潜在意識が完全コピー版を永久に保存
するからなのです。人間の表面意識が記憶からだけ成立する
という厳密な言い方に切り替えると実は、表面意識はこの記憶と
ただ一つしかない意識との連携により成り立つということに
なり、意識と脳が相互依存で作り上げたものということに
なります。実はこのように厳密な説明をしない限り、何度色即是空を
繰り返してもまだ、頭のどこかに、意識が単独成立するという
誤った観測をどうしても捨てられないと思うのです。
この呼び方は霊界や幽体離脱を説明するときは大変便利です。
しかし意識を説明するときこの使い方をすると意識が2種類ある
かのような誤解を招くので、もう一度厳密に説明します。
幽体離脱時、表面意識が霊体に移動するとは、私の記憶領域
が霊体に移動するため、私はその記憶を根拠に霊体が私の人格
だと判断するわけで、ここではこの記憶と本当の意識と霊体の
持つ脳とが連携して霊体の表面意識を構成します。
こんな説明を毎回していると、話が進まないので、表面意識
が移動するという表現を使わざるをえません。
霊の表面意識が大きいという表現も、記憶領域が広いだけ
と解釈した方が、実態に近づきます。
人格は記憶により決定されます。世に言う、二重人格とは
一人の脳に二人分の記憶が宿った結果です。
そして私という人格はわたしの人生体験すなわち記憶そのものです。
そして違う記憶を持つ人を通常、別人格と判定しているはずです。
私が私であるという根拠は、記憶という唯一の証拠によってしか証明が
できないはずです。そこで大きな問題が発生するのです。
ヨッシーの前世を、思い出してください。前世のヨッシーと
現世のヨッシーは明らかに違う人生体験を持つ別人格者の
はずです。記憶の内容が全く別のはずです。なにを証拠に
輪廻転生、生まれ変わりといえるのでしょうか?
普通の考えと逆に見えます。意識が単独で成立できないと、おそらく
何度説明しても理解してもらえないと思うからです。
厳密には表面意識は消滅し、肉体のみが来世に生まれ変わるのです。
私たちが表面意識と認識する部分は、人生プラス7日の日数のみ
しか存在できないということになります。
<もっと正確には、プラス数ヶ月だが、冥界の海と霊界の海の境界が
はっきりしない、おそらくは共有されていると思う>
死後残るのは、私たちの体験した人生の記憶が意識にコピー
されており、これは単なる記録として残り、人格は持ちません。
そして意識の中の人生の記録は個人の所有物で無くなります。
宇宙の中では通常同一人格は一度しか成立しませんが、輪廻転生
のところで、説明した同一宇宙の生まれ変わりのような特殊な
場合のみ起こりうることで、これは珍しい現象です。
ヨッシーの前世で、もしかしたらそのことに気付いた人もいるかと
思うのですが、ここでプロセスされるのは実際は肉体を構成する
連立方程式なのです。そして私が前世の自分を現在の自分に
重ね合わせて表現したのは、肉体や脳が同じ連立方程式から
生成され、どちらも性格や行動パターンが共通のものに
なってしまうからです。しかし前世の自分と来世の自分と記憶が
共有できない以上全くの別人格と判断しても、なんら差し支えないと
思えるのです。私がこのような極論をするのはもちろん意識と肉体が
常に不可分の関係と説明するためで、夢にも、私自身、肉体が全てとは
思いませんので、念のため申し添えておきます。
以前から意識が脳を支配するとの考えが誤りと強調したのは
実は意識は元々、感情を持ち合わせていないからです。
感情は明らかに、人間の脳による働きであり、この感情や、
芸術的感性は全て脳の側に由来しています。
意識は本来、物を作り出したり、それを識別したりするときに
全てを連立方程式に組み替える作業をする電子計算機にすぎません。
意識そのものが感情などの人間的働きをするという基本的
誤解が意識、単独での世界を作り出すわけで、ここを認識して
いただけないと、宇宙に対する誤解が解けないのです。
この私の意識の説明、非常に難解なものであることを
お詫び申し上げます。私自身意識についての厳密なる説明は
絶対不可能と考えております。ここから先はすでに神の領域に
踏み込むものと思いここが限界かとも思いました。
しかし、本当に神なる存在が自分について必要以上に知るなと
言うでしょうか?私は人間がこのようなことにつき考え始めるのを
待っているような気がしてならないのです。
今の時点で意識がどのような存在かは、理解できませんが
おそらく、エネルギーの変種であると推定するのです。
永遠に変わることなく存在するもの、宇宙の中では、この唯一つの
意識を意味します。そういうと、意識が神であると誤解されそうです。
神とはこの意識および宇宙という肉体の相互依存的存在であり
私たち人間と全く同じシステムより成立するものなのです。
神と人間はいつも対等です。意識だけでは何一つ出来ませんので
念のため申し上げます。
意識は宇宙に一つしか存在せず永遠に不変の存在です。その意味
不生不滅といえます。この説明だと多くの人が意識を神だと誤解する
恐れがあります。神も人間も両方が。同じ意識と肉体により構成され、
各個人の個性は、肉体側に起因します。そして、意識そのものは
人間的感情を持ちません。表面意識は人生と共に、消滅しますが、
一般に潜在意識とよばれる意識は永久不変です。
神の肉体は宇宙そのものです。しかし神の肉体も輪廻転生、つまり
生と死を繰り返します。未来から過去へ意識の逆流で説明した通り
神の肉体である宇宙は外側から、つまり一番未来にできたものから
順次崩壊します。しかし、この宇宙たまねぎの皮のように永久に
中身が出てきません。神は肉体のほうにも始まりがないからです。
しかしこの神の肉体も常に変化し、生と死を繰り返すので、不生不滅
とは言えない筈です。
人間の肉体は、神が創ったものです。これは、過去ではなく、
一番未来の神の肉体である、宇宙で創られました。
<未来から過去へ意識の逆流をご覧ください>
神と人間とはここだけ違います。神の肉体には始まりが無く
人間の肉体には始まりがあります。ただしどちらも永久に
輪廻転生を繰り返しながら終わりはありません。
神も人間も意識と肉体からなり、相互依存的存在であり、意識が
神そのものとの考えは誤解です。意識は単なる計算手段だからです。
毎度のことですが、私は自分の意見を他人に押し付ける気は
全くありません。誰が何を信じるかは個人の自由です。ただ、
反対意見がぜひともほしいのです。私自身にそれが必要だからです。
反対意見とは、代替案のことです。つまり、私はオルタナティブが
ほしいと言っているのです。
次回は、幽体離脱法を公開します。私の体験と理論の総力を
ここに結集したつもりです。この幽体離脱法をご理解いただくには、
今まで説明した理論の理解が必要です。この日記も大詰めです。
また、日記を書きます。
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